<Blog>日常の中にある美しさ

今年は早くに桜が咲いて、天気の良い日が続いたので
満足にお花見できた方が多いのではないでしょうか。

僕も、今年はいろんな場所で綺麗に咲く桜に出会えました。

それとともに、出会いと別れの季節。
さまざまな変化や、新しい何かがスタートする時期。

僕のもとにも例年になく、嬉しい知らせや悲しい知らせ、
また懐かしい知らせがたくさん届いたので驚いています。

自分のテーマみたいなものが見えてきたこと

今年は3年ぶりに「わたしのマチオモイ帖」に参加し、
地元周辺のマチをとりあげて、ミニブック「YAO帖」を作成しました。

大阪市内に7年ほど住んでいて、
地元に帰ってきた頃に気づいたことの中に
皆さんにもきっとある大切にしたい部分、
想いの共通項があるのでは?と思い立ち、
それを今回のミニブックのテーマにしました。

都会や、先進性、流行に憧れ
そこに重きを置いていた時期から、
身近なものの大切さを強く実感し、
変化していった価値観。

過去を悔いたり憂いたり、
未来に不安を抱きつづけた日々から
今日1日をめいっぱい生きようと意識し始めた今日。

日々の中に、楽しみや趣を見出すこと。
“中今”に生きるということ。

写真を撮るとき、文章を書くとき。
僕はいつからか、そこを誰かと共有したい、
誰かに伝えたいと想っていたのかなぁと気づきました。

根拠はないのだけれど、たくさんの人の心の中には
同じような想いがあるんじゃないかなと
感じる今日この頃なのです。

過ぎ去った嫌なことや
課題から目を背けることではなく
しっかり向き合い、反省し昇華すること。

夢を持ち、未来に希望を抱きながら、
自分にできることを積み上げ続けること。

今この瞬間に、しっかりフォーカスする。
ピントを合わせる生き方をしたいのだ。

どこまでできているかは…うーん、どうなんだろう?

身近にあるものの中に美しさを見出す

一番上の写真は、住んでいる街の
小さな川沿いの夜桜。
今の時期だけ、さくらの周りに
ピンク色の提灯を灯して、
妖艶な雰囲気をあたりに漂わせている。

とある帰り道に「おっ綺麗だな!」と思い、
後日、カメラを持って撮影しに行きました。

三脚を立ててしばらく撮影していると、
通りすがりの人が足を止めて、写メを撮り始めました。

それが連鎖して、このなんの変哲もないような
普通の川沿いの桜が、撮影スポット化しました。

もしかしたら、僕が三脚を立てて撮影していることで
いつもここを通り過ぎているけれど、
「なんとなく綺麗だなー」程度で、
撮るまでもないかなという障壁を
ブレイクしたのかもしれない。

一時的にだが、10名を超えるぐらいの
人の集まりができて、不思議な気持ちになりました。

たとえば、天満橋あたりの大川沿いの桜並木や
造幣局の桜は有名でとても綺麗で人気のスポットです。

でも、今この目の前に広がる街角の桜の風景は、
それにも見劣りしない美しさである。

意識して見つめることで、
何気ない日常にもこういった景色は
たくさん転がっているものなのかもしれない。

もし、そうであり、
それを見つめ続けることができれば
もっともっと、
日々に彩りを感じることができるのかもしれない。

デザインする、表現するということ

普段は、企業様の
WEBサイトや広告物の企画、
プロデュース、制作で
お仕事させていただいています。

その時は、テーマやコンセプトは
伝え手、つまりクライアントの中から
引き出すようなイメージです。

よって、それが軸(核)になり
ビジュアル表現や文章が生まれていく。

僕は仕事以外のプライベートな時間でも、
写真をとったり、デザインしたり、
文章を書くことが好きです。

でも、今までその時その時で思うことを
形にしてきただけで、大きなテーマなど
あまり考えもしませんでした。

誰かから依頼を受けて、
お金をもらってつくっているわけではなく、
自分がしたいからしているだけだから、
趣味みたいな感覚だからでしょうか。

でも、今回のマチオモイ帖をきっかけに、
何か抜け落ちていたパズルのピースが
バチっとはまる感覚を得ました。

その、なんとなく表現したいという欲求の根元には
誰かに伝えるべき、共有すべき事象があるような気がして。

少し小難しい感じになってしまったが、
僕は表現することが好きで、
デザインや言葉、ビジュアル表現にとても関心があります。

わりと飽き性な僕が、
かれこれ10年以上も探求し続け、
未だに興味がつきません。

このたび得たこのテーマのおかげで、
僕はまだまだ楽しめそうですし、
仕事以外でも表現力を磨いていけそうです。

それを誰かのために活かして仕事をしていくことができれば
こんなに嬉しく楽しいことはありません。